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Computer Engineering, Arts and Books

シンギュラリティは近い(?)GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊とイノセンス

 AIやディープラーニングが盛んになってシンギュラリティが世の中で騒がれている。シンギュラリティを思い浮かべると古典SFが頭に浮かぶ。クラークの「2001年宇宙の旅」とかディックの「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」とかギブスンの「ニューロマンサー」とか。でも、一番印象深いのは押井守監督の「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」と「イノセンス」だ。どちらの作品もシンギュラリティ後の世界を描いているように思う。

 両作品に世界では登場人物は電脳と呼ばれる一種のBMI技術で身体を義体化(サイボーグ化)している。身体の半分以上を義体化している主人公の草薙素子は自分の身体のどこからどこまでが本当の肉体でどこまでが機械なのか?自分にはゴースト(心あるいは魂)はあるのかという問いに幾度となく悩まされる。この事を突き詰めて行くと、脳、心、身体の関係性を考えてみたくなる。しかしながら、脳と身体は物理的に存在するのだが「心」は物質的には存在しない。心をどのように定義するかで様々な議論が生まれるように思う。

 話がそれてしまったが、この押井監督の二つの作品はとにかく難解で。私などは初めて見た時は「意味分からん。。。」といった具合であった。イノセンスに至っては登場人物たちが作中に意味深な詩のようなセリフを言うのだが、それがブッダ(お釈迦様)の言葉の引用だったことに気づいたのは初めて映画を見て10年以上経ってからである^^;

 とにかく難解なのだけれども印象的で頭に残る映画だ。身体論や日本の古武術はては人間の意識などという哲学的なことを包含している作品のように思う。押井守監督は「脳・意識と身体」について解剖学者の養老孟司先生と対談をしているという話を聞いたことがある。一体どんな議論になったか気になるところではある。

 両作品は脳、意識(心)、身体を観点としてシンギュラリティ後の世界を考える上でとても参考になるのではないだろうか。